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2009年10月17日

せめて、長男だけでも地元で働くことが出来るように???

今晩、まちづくりワークショップというのに参加してみました。
働き口がない、町に活気がない、若者が定住できるように、
などという意見の中で、一人の方が、
「せめて、長男だけでも地元で働くことが出来るように」
というような発言をされました。
その時は、話の流れの中でしごく当然で何とも思わずに帰ってきたのですが、
家に帰って、その会議のことを反芻していたら、
この発言がでる考え方がおかしいのではないか、と思い至りました。

会社って、仕事って、以外と厳しいものです。
それで、大きな企業は人をより分けて採用します。
その中で、会社の資産を有効に活用し人材を育て、企業を存続させている。
いなかという地域だって同じこと、
高島 という地域の資産を有効に活かし、活動できる人材こそ必要。
それは 長男 ではなく、家の中で一番それに適した能力のある人であり、
その他にも、JターンやIターンして、高島という地域を知り、それを活用できる人々、
なのでは、ないでしょうか?
長男に家を存続させる、それで地域が存続し続ける、
という考え方自体、停滞や衰退を生む考え方の指向のように思えるのです。


地元にいる人間としては、活力ある人々に集ってもえるように、
地域の資産・良さ(人情なども含めた)、発信することこそが、必要とされていると思います。
そして、それを客観的に表現できる人は、もしかしたら地元の人間ではなく、
高島に生まれ育ったわけでもないのに、
若くして、高島という地域を 選択 して定住した人々なのではないでしょうか。
その 選択 の理由には、
経済的じゃない、今日的なある種の選択肢の指向が見えてくるように思われます。
そこには、環境や自然以外にも、そんなにあくせくせず、足ることを知り、のんびりと、
などという 精神的情緒的安定 みたいなことが一つのファクターとしてあるようなきがします。

追記)永六輔さんの無名人名語録、という中に次のような一節があります。

オレの村に残っている若いのっていうと、
 村を出られない親孝行な長男と、親にだまされている長男だけだよ。


私は若い者が村を捨てて都会に逃げていったなんて思いませんよ。
 村の若い者が、都会へ進出したと考えています。昔の大本営発表みたいですけど。


1987年発行の古い本ですが、私の田舎認識のベース部分を形成したバイブルのような本です。


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posted by ほんだ at 23:14| 滋賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 地域の色々(日常・問題課題etc) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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