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昨日は、滋賀県立大学の近藤隆二郎先生の、オーロヴィルという町(社会?)の講義を受けた。
その町の概要は、オーロヴィル(松本さんというそこに住んでいる人のHP)に詳しい。
そのページの最初の文章を引用すると、
オーロヴィルは南インド、タミルナドゥ州、ポンディチェリー近郊の田園地帯に広がる面積約20平方キロの実験型エコヴィレッジです。そして同時に世界35カ国、約1700人の人々がヒューマンユニティーの実現を目指して協働を続ける世界市民の町でもあります。
その講義を聴きながら、最近気になっていた歌が頭を巡った。
ガルシアの風(you tubeでその歌を)という歌である。作詞/曲は、仲井戸麗市
♪ガルシアの風に吹かれて 僕等は丘を渡ってく
陽だまりの里に辿り着いたら なだらかな坂道 川へと降りてく
君は自由の服に着替えて 冷たい川の水に足をひたす
”幸運なお陽様”が顔をのぞかせ 僕等を祝福する
ああ どうにもならぬ事など 何もなかったのです
ああ どうしようもない事など 何ひとつなかったのです
草木を植え 花を育て 水を汲む
風をつかみ 夜空を仰ぎ 月に祈る
祭りの夜に 火を焚き 唄を詠み 収穫の雨を乞う
さあ 明日の子供達よ 海へ森へ走れ
世界中のささやかな夕食のテーブルから
おいしいごちそうが消えてしまう その前に ・・・・・・♪
現実のオーロヴィルの社会とシンクロしているような歌に思えた。
オーロヴィルという町は、ヒッピーと呼ばれる人達が作り始めた町だと講義で聴いた。
そして、この歌のガルシアとは何かと調べてみたら、
グレイトフル・デッドという、ヒッピー文化とロックミュージックの
両方に立脚したグループの中心メンバージェリー・ガルシアだということがわかった。
最近思うことがある。
ちょっと前、狂牛病が問題だと言って、アメリカ産の牛じゃなくてオーストラリア産の牛かを、
世界中に張り巡らされたコールドチェーンシステムの末端である地元のスーパーでラベルを確認する。
ドル-円レートの変動で、ガソリンの値段の上下に一喜一憂する。
こういうことが、みんなが獲得したかった「文化的生活」なのだろうか?
川の河川敷ににある竹を割り、もんどりという漁獲道具を自分の手で作り、
沼や川に仕掛けて、コイやフナを攫み、それを自分で料理して食べる。
自分の出した排泄物は、コエタゴで畑へ運び肥料にして、またその畑の食べ物を食べる。
そんな社会が、つい数十年前まで、ここにあった。
どちらの方が「文化的生活」なのだろうかと。
少なくとも、環境負荷を少なくすることが「文化的生活」と定義するなら、後者の方が余程文化的だ。
そして、様々なおかしいと思う事象の元には、
移動ということに係る文明国といわれている人間達の負担の軽さ(金銭的にも労務的にも)と、
その使うエネルギーの膨大さのアンバランスがあるような気がする。
関連ブログ&HP
◎五環・巡礼・顔出し看板・インド・・・(近藤隆二郎先生のブログ)
◎CHABO web Book(仲井戸麗市さんのHP)
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地域特性に造詣の深い地場の工務店や設計士を見直して頂ければと思います。地場で仕事が
完結すること自体、ヒトやモノの移動エネルギーが少なくてすむ環境負荷の少ない選択であり、
かつ 住宅建築は個人ができる身近でとても大きな地域振興でもあります。 また、地元で
長く仕事を続けられているということこそが品質をおろそかにしなかった証拠ではないでしょうか。
☆☆ とりあえず、ハウスメーカーを選択肢から外して、家作りを考えてみませんか ☆☆