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2007年02月11日

比で腎臓売買を公認

フィリピンが腎臓売買を公認
という記事がでました。
昨年秋からの万波医師の問題とどうしても絡めて考えてしまいます。
私の父は、亡くなる約2年前から、透析治療を受ける体となりました。
主治医からは、老齢であり且つ肺にも機能障害が出ていたため、
手術という体に負担がかかる行為よりも、透析治療を続けていきましょうとのことで、腎移植という手段は念頭にありませんでした。
透析治療は、血をきれいにすると共に、
もう一点体内水分量の調整という役目があります。
おしっこの出にくい体は、数日で1kg、不摂生にしていると2〜3kgも増えてしまいます。それを2〜4時間で血液を循環させながら抜いてしまうのです。
この水分を減らすことがかなり体に負担になるようでした。
普段の食事も相当制限を受けます。
肉体労働をし、夕方には晩酌と濃い目の味付けの料理が楽しみだった父には、
塩分控えめの薄味の食事の連続は、食の楽しみを奪われたように、
近くで見ていて感じられました。
そして、その透析治療が、週二日から三日に。
昼間の3,4時間拘束される体は、元々体力に自信があった父には、
不本意であったと思います。
そして、生涯現役を標榜した仕事人間の父が、
多大な時間を拘束されるどうにもならない体に、仕事をする意欲・
生きがい・生きる意味をすり減らし気力を蝕んでいったようにも思います。
もう一人、身近に透析治療を受けていた人がいました。大工さんです。
いつも、赤黒い顔でシンドそうにしていた大工さんが、
「うまいこと適合する腎臓があって、移植できたんや。
ここ何年かは仕事にならんかったけど、ほんまに楽になったし、
もういっぺん始められるわ。」
と、しんからうれしそうに、話してくれました。
週3日3〜4時間、病院への往復を考えると5〜6時間も拘束される、
非人間的な生活時状態を死ぬまで続けていかなければならない。
老齢ならまだしも3,40代の人間がこんなことは耐えられないことです。
例え問題のある腎臓で、期間はわからないながらも昔の普段の生活に戻れるなら、
と考える患者いて、
またそれを痛切に感じる医師がいたとしても不思議はないと思います。
フィリピンの問題を、
貧困という社会問題として取り上げるのも当然のことだと思いましが、
透析患者個人が、この非人間的な拘束状態から脱却したいと渇望している、
というこの病気のことを少しでも知って頂きたくて、ブログに書いてみました。

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ラベル:透析 万波 腎臓 移植
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