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2012年03月25日

樹木希林は、すごい役者さんだなー、と思った

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樹木希林は、すごい役者さんだなー、と思った。
第一三共の認知症治療薬のCM
最初の瞬間から、この違和感は何だ、と思った。
そして、目の焦点が微妙に合わない感じが、これも演技なのだと気づいた。

そうだったなー。あの妙な違和感。
味噌汁をつけっぱなしにして何度も焦がしたりはしていたのだが、
普通の物忘れじゃない、妙な表情の違和感。
初めて、「ボケ」外来と銘打つ病院に連れ行き、問診。
100-7は?93。じゃー93-7は?、に答えられず
漢字を見せてすぐ隠す。そして数十秒の雑談の後、その隠した漢字が答えられない。
そんな何種類かの検査を見ていて、あーやっぱりと感じた。
その後、医師から、「初期です」との診断。
あの、妙な悲しさを感じたときから、10年の時間が流れている。
あのときから、確実に、母と共に笑い共に悲しむことはなくなっていった。

樹木希林のCMを見て、ふとそのことを思い出した。

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2012年02月21日

55になりました

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昨年4月から、Face book を始めました。
その機能に、誕生日メッセージを送ろう、という感じのプログラムがあって、
そのせいで、沢山の方から誕生日おめでとうメッセージを頂きました。

家族以外に、このようなメッセージを頂くのは、多分、
小学生の月々の誕生会、人形の切り絵がカレンダーに貼り付けられていて、
一月まとめてお祝いされて以来ではないかと思います。
その時は、もっと人気者がいて、
とりあえずおめでとう、という感じだったので(子どものほうが残酷)
今日のメッセージが人生で初めてのことではないかと思ってしまいます。
何だか、恥ずかしくて今まで誰にも、誕生日メッセージしなかったのですが、
このテンションの上がり具合、
これからは「友達」には、メッセージを出そうと思いました。

55になりました。
記憶力と判断力のあまりの低下に何だか心配になります。
この前、1680円の床屋さんで最後に、「いかがですか?」といわれ、
頭の裏側と頭頂部を鏡で見せられて、「あれ、地肌が見えかけてきている」と感じ、
日々の風呂上りでも、鬢に白髪が増えてきたなーと感じています。
額が広くなってきたなーというのはもっと以前から。
極めつけは、先日小走りになっているところをスナップに撮られて
その小腰が曲がってピョンピョンとしている姿は、
年老いても元気だったころの父親そっくり、
父の代からの職人さんたちに
「よう似てきたな〜」というのはこのことだったのか、と
何だか、愕然としてしまいました。

うれしいが 目出度くはない バースデイ よく老いることに 思いを馳せる

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完結すること自体、ヒトやモノの移動エネルギーが少なくてすむ環境負荷の少ない選択であり、
かつ 住宅建築は個人ができる身近でとても大きな地域振興でもあります。   また、地元で
長く仕事を続けられているということこそが品質をおろそかにしなかった証拠ではないでしょうか。

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2012年01月22日

霧深い地元の共同墓地

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120122boti.JPG

今日は、霧が濃い。ちょっと近くを通ったら、雰囲気があったので、近所の墓地を撮ってみた。
ここには、祖父・祖母のなきがらはあるが、父のなきがらはない。
20年位前から、ここマキノの田舎でも火葬が一般的になった。
だから、この土葬用の共同墓地に、新たなヒノキの墓標が立つことはない。

父のことを思い出した。小さな材木屋に、葬式が出るとその前に注文がある。
ヒノキの墓標、その墓標の笠木と棟木の小さなヒノキの板、塔婆板数枚、棺桶用の杉板、
そして何とか言った死者に備える杉の簡単な膳用の板。
一間4寸角の無地に近い墓標は、
背割りがあってはならないので、一般的な建築用の柱材は流用できない。
丸太から切り出して、これは節があってあかん、などと何本か挽く。
角材にしておくとひび割れが出るので、いつもそれなりの原木を少量は蓄えておくか、
たまにないことがあると、近所の製剤所で融通してもらったように思う。
元庄屋などの家柄だと、本当の無地で木目のきれいな材料を丁寧に選別する、
そうでないときはそれなりに・・・
塔婆板は杉の白太(シラタ)の無地。
1間3寸巾の3分板、これはその材を近所の建具屋へ加工に出す。
棺桶の板は杉の5分板が2.坪位か。1尺位の板を3段で、
約2尺四方×高さ3尺に親族が抱える用の胴縁程度の材を両面に貼り付ける簡素なもの。
待ったなしの仕事なので、
バタバタと材を選び、手の空いている大工や建具屋を探し材料を持って行く。
すべて、寸法数量が決まっていて、てきぱきとかつ、あわただしい作業の光景を思い出す。
この写真の下の土にもそうやって納めた材料が眠っている。

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2010年07月31日

舞鶴空襲、この写真の中に必ず父はいた

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夏になると、原爆投下や終戦記念日など、歳時記のように戦争が話題に上る。
7/30の京都新聞の記事には、
舞鶴空襲の写真発見実態示し貴重、30日公開

その写真がこれ。これを見て、久しぶりに亡くなった父を思い出した。
100730maizuru.jpg

こちらも聞かなかったのが悪かったのか、それともあまり喋りたくなかったのか、
父の若い頃の話は、ほとんど知らない。
そんな中、一つ父が語ったことで、憶えていることがある。
19か20の父は当時、舞鶴で海軍の軍人?として通信員の仕事をしていたらしい。

トトン ツーツー っていうあれや。
−−・−−はア、・−はイ、っていうモールス信号や。
舞鶴の軍港でそんな仕事をしてたんや。
空襲が来よる。
大きな爆弾が海に落ちると、その衝撃で、
ぎょうさん(たくさん)魚が白い腹を上に向けて死んでしまうんや。
それを、空襲が終わったあと、取りにいくんや。

戦争当時の辛かったこと、軍隊生活の不条理などは、ほとんど喋らなかった父ですが、
そのことだけは、
光景が少しユーモラスだったのか、当時のひもじい生活の助けになったことなのか、
少し、楽しそうに語っていたことを思い出しました。

多分、この写真のどこかに、父はいたはずです。
新聞の一面のこの写真を、仏壇に供えようと思います。

関連MYブログ
07/08/15 8/15父や戦争の事などを
08/04/15戦争を経験した人が亡くなって行く、山本モナさんの危惧
08/04/12少し悲しい桜のお話などを
06/10/16国連本部ビルとゲルニカのタペストリー

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2010年05月08日

父、製材工場を建設す

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連休に、倉庫の整理をしていたら、その建物の棟札(ムナフダ)が見つかった。
100508souko2.jpg 100508souko1.jpg

「本田f書」と書いてあるので、私の父自身が書いたものなのだろう。
数え年44歳、今の私より10歳下である。
私の祖父は、生まれの越前をどうも地元にいられなくなるようなことをして出奔したらしい。
だから、本田という苗字は、マキノ町在原生まれの祖母方の苗字だ。
祖父は、材木商とは名ばかりで、木挽きや素材の販売をしていたらしい。
その祖父の50近くになっての一人っ子が私の父である。
祖父は、残す財産とてほとんどなかったはずだ。
しかしその後を継ぎ、山の木出し・素材の販売・建築の請負などを手がけていた父は、
この年に初めて、小さいながらも製材機を据えた工場を建設できた事になる。

大正15年生まれの父は、終戦を舞鶴の軍港で迎え、その後森林組合などに数年就職した後、
祖父の後を継ぎ約二十数年、
長男だった兄も国立の大学に入学し、自身も始めての大きな設備投資をすることが出来て
何だか、気力充実という感じである。

祖父を一面では尊敬し、また一面では反面教師にしていたらしい父は、生真面目で、このような神さん事はきちんとしなければ気がすまない性分だった。
棟札に、家族全員の年名前と年齢が記されていて、
何だか、一家の大黒柱が一大事業を成し遂げ、これから頑張るぞ、
という、当時に父の高揚感が伝わってくる。

建物は、安曇川の広瀬小学校の木造校舎の一部を移転と書かれている。
当時、学校校舎の鉄筋コンクリート造への改築工事が次々となされ、
その解体材を再利用したようだ。
写真の棟札の横のギザギザの模様は、
当時の木造校舎の外壁仕上の定番、南京下見板張り(鎧板張り)の出隅などの納めに用いた、
縦の留縁の加工のようです。
当時は、鉄筋コンクリートが最新最良の建築手法だったと思っていたのですが、
今、鉄筋コンクリートの建物が解体されるときには、このように建築資材を再利用することは出来ない。環境負荷的にはどうなのだろうか?
近代建築技術の発展というのは、まだまだ行きつ戻りつの感があります。

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2010年01月08日

宇和島の万波医師が病腎移植を再開されたそうです

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今日の4ch7時頃のニュースの特集で、
宇和島の万波医師が病腎移植を再開された、ということを知りました。
透析治療という時間的負担(週に2〜4日、ベッドの上で3〜4時間)と身体的負担
(不摂生をしていると水分調整で透析治療で機械的に数キロの水分を数時間で体内から抜く)
そんな父親の晩年を数年、看ていました。
万波医師の、老骨を鞭打ちながらの挑戦に頭が下がる思いがします。

病腎移植の問題は、人の「生きる」事の質を考えさせられます。
ベッドの上で何十年過ごすよりも、
数年でも健康を取り戻して、以前の平常な暮らしに戻れるなら、
そして運がよければうまく天寿をまっとうできるかもしれない。
というなら、父を看ていた私としては、当然後者を選びます。

病気の腎臓の癌が再発したら、
という体制側の医師の方の言葉の方が、現実を見ていない空疎な言葉にに聞こえました。
そして、数年前に
万波医師を犯罪者のように報道した多くのマスコミへの怒りの感情を思い出しました。

関連MYブログ
◎07/02/11 比で腎臓売買を公認

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2009年09月23日

秋のお彼岸に似つかわしい風景などを

秋のお彼岸に似つかわしい風景などをひとつ。
090923higan.JPG
近所の道端の石仏、その周囲には毎年同じように彼岸花が咲きます。
おとといには、墓の草むしりもしました。
昨年七回忌を終えた父のケイタイ番号を、何故かまだ抹消できません。
たまに、クルクルと電話番号を検索していて、「父ケイタイ」という文字が飛び込んできます。
ダイヤルしたら冥土に届くなんてばかばかしいセンチメンタリズムとは無縁の私ですが、
これが最後のたった一つ残ったの父との つながり のように思われて、消せません。

「ご冥福を祈る」という言葉が大嫌いになったのはいつ頃からだろうか?
冥土もありはしないのに、冥福も冥不幸もないだろう。
死者を弔う言葉を発するときの、
とりあえずこれを言っておけば感が、その安易な感じが、好きになれない。
そうだからいつも私は、そんな時、様々な思いは交錯するのだが
もぞもぞと、何を言ったかわからないような言葉を発し、
そそくさとその状況から離れようとする。
たまに、上の写真のような景色でも見たとき、瞑目して思いを致す、
それで十分だ。

つい先日にも、また一人ケイタイ番号を登録している方が亡くなられた。

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2009年06月19日

臓器移植、当事者になったら?

臓器移植法案が、可決されました。

法案がちゃんと成立したら、
「一歳の赤ちゃん、初の臓器移植」などというセンセーショナルな記事だけではなく、
自分自身が当事者となった場合の、実際の状況はどのようになるのか、
ということについて、ちゃんと予備知識が得られるような報道が欲しいものです。
一度、葬式を務めた事のある私の思いです。

以前、この前の臓器移植法が成立して、少し経ってからの感想をUPします。

臓器移植(H13.2.11)

もう十数例に達したのでしょうか。
色々と国会でも取り上げられ法整備もなされた後の、第一例の報道
一人の人間から、何人もの命が救われることに、素直に感動しました。
しかし、まだ私は臓器移植カードを持っていません。

残された人々は、本当にとどこおりなく、死者を弔えたのでしょうか。

葬儀関連のことは、遺族としては速やかに、滞りなく進めたいものです。
吉凶の日取りもあります。
新鮮な臓器が必要との観点から、臓器摘出手術の段取りが最優先され、
遺体が遠方の専門病院に回されて
遺族の方が、主体的にお通夜やお葬式の予定も立てられない
などということはなかったのでしょうか。

遺体はきれいなのでしょうか。
内臓などのなくなった遺体が、奇妙にへこんだ形になったり、また手術の跡などで
それ自体が遺族に傷ましさを与える、というようなことは、ないのでしょうか。
からだは、衣服に包まれるので、まだしも、とも思われますが、
眼球摘出などを受けた後の顔は、どうなって、遺族の元に返されるのでしょうか。
(アイバンクと臓器移植は別のルールなのかもしれませんが)

取材の方は、本当に節度を守られているのでしょうか。

報道の役割は、センセーショナルなことを伝えることも重要ですが、
ある程度事例が増えた段階で、
このような、残された遺族のことを考える一般の人の漠たる疑問に対するフォローをして、
臓器移植カードをより多くの人が、安心して持てるようにすることが、
社会的には、もっと重要なことなのではないのでしょうか。

以下は、臓器移植カードを持たないこととは関係ないのですが、
遠方へ医師を派遣するその人件費や飛行機代(ヘリコプターをチャーターした例もあった)は、
誰が負担したのでしょうか。
臓器摘出手術の方の費用は誰が負担するのでしょうか
最先端の医療費は、いくらかかるのでしょうか。
健康保険はきくのでしょうか。
先日は、50歳代の方の臓器を10代の方に移植されたという報道もありましたが、
移植された臓器が延べ100歳以上になってしまって、
移植臓器のみが先に死期を迎えるなどということはないのでしょうか。


(以下H23.2.27追記)
この文章を書いてから、10年の時が流れたようです。
この私の疑問に答える何かが、出ているのでしょうか?
不勉強ながら、私は知りません。
どなたか、ご存知の方があれば、リンクや本の名前など教えていただければ幸いです。

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2009年04月01日

50過ぎても、世間の常識を知りません

先日の日曜日、親戚の一周忌の法事があった。

田舎の家を継ぐと、このような行事が多い。
ただ、少なくなった親戚同士の絆や、旧交を温めるという感じで
それ自体、そんなにおっくうでもない。多くなりすぎると出費は痛い。

その法事の場で、紺色の背広に赤いネクタイをしていったのは、私一人。
男は、全て略礼服に黒いネクタイだった。
食事の席でお酒も入り、少ししゃべりやすくなってきたのでお坊さんに尋ねてみたら、
三回忌までは、ワンクール。故人を悼むと言う意味も込めて、基本的には黒服に黒いネクタイ、
七回忌以降は、そこまで弔意を示さなくてもいいので平服の方がよい、
ただ、礼服で失礼に当ることはない、とのこと。
50にして又一つ賢くなった。
この歳で賢くなったというのも、何だか世間知らずを触れ回っているようなものだが・・・

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2009年03月15日

親の最期について

私より少し年上の方と酒飲み話の最後、しんみりした話になってしまいました。
親の最期と、医療についてです。
その方は、既に親を亡くされ、
また、実の妹さんが看護師さん、職業上、そんな場面を場数をそれなりに踏まれている。
最近、恩ある方の見舞いに行った。
その息子さんが、医師に、どうしましょうと問われて、
結局、治療を継続することをお願いされた、
しかしもう、多分意識は戻らない、
そんな状態を長く続ける事に本当に意味があるのだろうか?
家族もしんどいだけではないか、
色んな経験や妹に聞いたりするとそう思ってしまう、とのこと。
しかし、心では思っていても、中々もう止めましょう、とは答えにくいものです。
その辺の話をしていて、一つの結論に達しました。

「私は、自然であればそれで良いと思います。
  お医者さんが自然であると思われる方向で願いします」


いかがでしょうか?
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2009年02月03日

吾亦紅(われもこう)という歌は、私とは相容れない

キミハ ブレイクで「吾亦紅」誕生秘話が放送された。さだまさしさんの歌の次でした。
さだまさしさんの歌で涙腺を刺激された私でした。

しかし、その後の吾亦紅(われもこう)という歌。
親を看もしないで、離れて暮らしている、
功成り名を遂げた人の自己満足のセンチメンタリズムとしか思えない歌詞に
その涙の跡が、とたんに乾いてしまう、そんな白けた感じを持ってしまいました。

ちょっと実母がおかしいと思って、「ボケ外来」と銘打った専門病院に
最初に連れて行ったときから、7年の時間が経過しました。
ここ2,3ヶ月は、家で数時間毎に、ポヤポヤと薄く毛の生えた陰部を眺めながら、
紙おむつを取り替えることにもかなり抵抗がなくなってきました。
電気毛布は、お漏らしの液が乾燥しそれを繰り返しているために、
独特の臭気がしてしまいます。
数日毎に繰り返される大便の排便時には、
上手くオムツの中に納まればまだいいのですが、気持ちが悪いせいか、
オムツを外して手で何とかしようとして色々な場所に便をにじくってしまう
そんな母です。
喜怒哀楽の感情の共有がほとんど出来なくなった
そんな母との、数年間の日常は、情けなくやるせないものです。

そんな現状の私に、

♪盆の休みに 帰れなかった
 俺の杜撰(ずさん)さ 嘆いているか
 あなたに あなたに 謝りたくて
 仕事に名を借りた ご無沙汰
 あなたに あなたに 謝りたくて
 山裾の秋 ひとり会いにきた
 ただ あなたに 謝りたくて・・・


会いたい時だけ会いに行くっていいですね 
 
♪小さな町に 嫁いで生きて
 ここしか知らない 人だった・・・


あなたは、他の大きな世間を知っていて、良う御座んしょ

♪ 今はいとこが 住んでる家に
 昔みたいに 灯がともる
 あなたは あなたは 家族も遠く
 気強く寂しさを 堪(こら)えた


あなたのご兄弟じゃない人があなたの実家を守っているのですか?
それって、あなたが故郷を捨てた証左のようなものですよね

♪あなたに あなたに 威張ってみたい
 来月で俺 離婚するんだよ 
 そう, はじめて 自分を生きる
 あなたに あなたに 見ていて欲しい
 髪に白髪が 混じり始めても
 俺, 死ぬまで あなたの子供・・・


田舎で、母を抱え、子どもを学校へやり、それだけでふうふういっている今の私です。
離婚? 自分を生きる?
その何処が感動的なの?
その歳になったら、他人のために生きるんじゃないんでしょうか、普通?

何だか、白けるどころかムカムカしてしまいました。
才能があり、バリバリ仕事をこなし
都会で功成り名を遂げ、都市近郊の高級住宅街か都心のマンションに暮らしている方の田舎への望郷の思いと、
経済活動の活発でない田舎でやっとこさ、日常を過ごしている私とは、
どうしても相容れないものがあると感じました。

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ラベル:吾亦紅

2008年07月13日

お通夜に参列して

昨夜、近所の大おばあさんが96歳の大往生ということで、お通夜におまいりした。
そのおばあさんのためにと
息子さん(といっても60歳代)に、離れの病室のバリアフリー工事を依頼されたのが、
平成18年。丁度、丸二年前。
35万円位で手摺や床の修正、出入口のドアを引戸に直したりしました。
市からの補助が確か半額位だったか。
その工事は、二年間でもうその役目を終えてしまった?
いや、段差の解消などは、今の生活している人の不便さの解消にも
ちゃんと繋がっているのだから、もったいないことはなかった。
と、思い返ました。
長い読経の間、ちょっと考えてしまったことなどを。
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以下、私の仕事のコマーシャルです。

土地込み940万円のセカンドハウスのプランを作りました(インフォメーション08/04/02)
住宅・セカンドハウスは、随時ご案内(室内も)出来ます(インフォメーション08/02/11)
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地域特性に造詣の深い地場の工務店や設計士を見直して頂ければと思います。
地場で仕事が完結する事は、ヒトやモノの移動が少ない環境負荷を軽減する選択であり、
かつ、住宅建築は個人ができる、大きくて身近な地域振興でもあります。


ハウスメーカーの建物。カタログ選びに終始するようなシステム化された設計、設計ってそんなモンじゃないと思うのですが。とりあえずそこを選択肢から外して、家作りを考えてみませんか。

2008年06月24日

安物買いの銭失い

父親がなくなり、母親が病院に入ってからは、
毎朝、仏壇に線香を上げるのが、自分の役割になった。
たまたま、100円ショップをウロウロしていたら線香を見つけた。
ほーこんなものも売っているのか、
と近頃の100円ショップの商品の種類の多さに驚きながら、1個買ってしまった。
2,3日前、前の線香が切れたので、その線香を使ってみた。
何だか変なにおい、日本の線香の香りじゃない。
パクチーが馴染めない私は、香港などの外国で食事すると、
その空間自体が何だか変なにおいが充満してるようで、どうも食事がおいしく思えない。
まっ、それが異国の楽しみでの一つである部分もあるのですが。
その違和感と、似た感じ。
香りや味という体に染み付いたものは、
その文化圏から全く離れた人ならそうでもないかもしれないが、
微妙な違いが、どうしても許せない。
こりゃ、中国製はダメだ、安物買いの銭失いだなー、
と、値段だけで嗜好品を選んだ自分に反省しました。
この線香は、外の墓参り用にしよう。
いや、向こう側で、父が、何だ変なにおいと鼻を曲げたかもしれない。
近頃、更新していなかったので身の回りのことなどを書いて見ました。
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ラベル:線香

2008年04月12日

少し悲しい桜のお話などを

高島市今津町深清水の忠魂碑と戦没者のお墓の周りの桜は今が盛りです。
080410fukasimizusakura.JPG

そこには、各種の桜が植えられています。
ここの他でも忠魂碑の廻りには桜が植えられているようなイメージがあります。
そこには、昭和20年以降の新参者はなく、
田舎でも忘れられた場所になりつつあります。
アメリカのアーリントン墓地のように、次から次へと新たな参入者はいないのです。
それは、日本の平和の証です。
日米安保条約という頑丈なケースの中に入っているガラスの容器かもしれませんが。

それはさておき、その桜。

♪貴様と俺とは同期の桜 同じ航空隊の庭に咲く
 咲いた花なら 散るのは覚悟
 見事散りましょ 国のため

という同期の桜という軍歌があったり
海軍の徽章などのデザインにも桜があったり
旧日本軍と意外と縁の深い木のような気がします。
 
こういう場所で石塔になっている方々は、当時の秀才だったのではなかろうか。
そして、秀才であるがゆえに、士官学校などに入学でき、
そして、不幸にして、若くしてなくなってしまった。
逆縁になってしまった親としては、自慢の息子のせめてものなぐさめに、
華やかな木を植えたのではなかろうか。
そのために桜の種類も色々、
そんな物語がいくつも秘められていそうな、桜です。

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ハウスメーカーのAD広告、新聞の全面広告、モデルハウス、チラシ、分厚いパンフレット、
立派な社屋。それらの費用の合計はどれ程でしょう? ある住宅会社の決算をネットで見ると
(原価/売上)が72〜75%、建物代金の1/4は、その広告等の経費や利益になる計算です。

とりあえずそこを選択肢から外して、家作りを考えてみませんか。
地域特性に造詣の深い地場の工務店や設計士を見直して頂ければと思います。
地場で仕事が完結すること自体、ヒトやモノの移動が少なくてすむ環境負荷のかからない選択であり、かつ住宅建築は個人ができる大きくて身近な地域振興でもあります。
ラベル:戦争

2008年04月07日

今の県の河川政策は、私の亡父が作った?

なんてことは、全然ないのですが、とても嬉しい話を昨日うかがいました。
昨日、嘉田知事を囲む会に出席することが出来ました。

その場で、出席者一人づつ発言が出来ましたので、
私は亡父の話を少しさせて頂きました。
私の父は、現滋賀県知事の嘉田氏が琵琶湖研究所に勤められている時、
氏は、水と環境のフィールドワークの場所として
たまたま「知内」という集落の研究をされ、
たまたま、その当時、集落の区長を父がしていました。
父はその後、
氏が琵琶湖研究所などの要職に着かれ新聞などで名前を見かけたり、
酒を飲んだりした時には、喜んでその当時の邂逅を皆にしゃべっていました。
別嬪さんやけど、男ばかりの酒の席の付き合いも楽しそうに平然とする
肝っ玉の据わった面白い人やった、
などと。
そんなことなどを少ししゃべると、
知事からこんな話を伺うことが出来ました。

フィールドワークで近所の民宿で泊まっているある晩に豪雨。
その時父は、その民宿を訪ねたそうです。
大丈夫かと言ってすぐ飛び出していこうとする父に、
この雨の中、どうするのかと聞くと、父は
「今日は、寝ずの番や。」といって堤防の見張りに行ったとのことです。
この「自分の地域は自分が守る」という心意気に打たれ、そのことが、
今の県の河川の基本政策の発想の原点の一つになっている、と。

当時から山のようにたくさんの問題意識を持たれていた氏で
あったればこその事だとは思いますが、
その、父への過分なはなむけのようなお話に、元気だった時の姿が思い出され、
私は少し目頭が熱くなってしまいました。

今、インターネットの県TOPページを見ると、
河川の治水に対する考え方というタグがあり、
それを開くと、確かに
「住民と行政が協働する流域治水対策の「滋賀モデル」づくりを
という項の文章には、下記のような言葉が確かに綴られています。

過去の流域住民における伝統的な「自助」「共助」の仕組みを改めて見直し、そこに現代の若者が「河川レンジャー」(川守り)のような形で参画をし、行政と住民の協働による「水害に強い地域社会づくり」を柱に未来の仕組みを創造することこそ、今の河川行政に求められている課題と言えます。行政がもつ広域的で科学的な情報と、住民がもつ属地的で経験的な情報を組み合わせ、社会で広く情報を共有し、討議のプロセスを公開しながら、県民参加・協働の「滋賀モデル」といえるような河川政策に努めてまいります。


明日は、そのページのダウンロードしたものを仏壇に供え、
今年七回忌を迎える父への供養にしたいと思います。

関連MYブログ

07/03/28 喜・嘉田知事の対談記事
06/07/09 嘉田新知事とマキノ町知内

2007年02月11日

比で腎臓売買を公認

フィリピンが腎臓売買を公認
という記事がでました。
昨年秋からの万波医師の問題とどうしても絡めて考えてしまいます。
私の父は、亡くなる約2年前から、透析治療を受ける体となりました。
主治医からは、老齢であり且つ肺にも機能障害が出ていたため、
手術という体に負担がかかる行為よりも、透析治療を続けていきましょうとのことで、腎移植という手段は念頭にありませんでした。
透析治療は、血をきれいにすると共に、
もう一点体内水分量の調整という役目があります。
おしっこの出にくい体は、数日で1kg、不摂生にしていると2〜3kgも増えてしまいます。それを2〜4時間で血液を循環させながら抜いてしまうのです。
この水分を減らすことがかなり体に負担になるようでした。
普段の食事も相当制限を受けます。
肉体労働をし、夕方には晩酌と濃い目の味付けの料理が楽しみだった父には、
塩分控えめの薄味の食事の連続は、食の楽しみを奪われたように、
近くで見ていて感じられました。
そして、その透析治療が、週二日から三日に。
昼間の3,4時間拘束される体は、元々体力に自信があった父には、
不本意であったと思います。
そして、生涯現役を標榜した仕事人間の父が、
多大な時間を拘束されるどうにもならない体に、仕事をする意欲・
生きがい・生きる意味をすり減らし気力を蝕んでいったようにも思います。
もう一人、身近に透析治療を受けていた人がいました。大工さんです。
いつも、赤黒い顔でシンドそうにしていた大工さんが、
「うまいこと適合する腎臓があって、移植できたんや。
ここ何年かは仕事にならんかったけど、ほんまに楽になったし、
もういっぺん始められるわ。」
と、しんからうれしそうに、話してくれました。
週3日3〜4時間、病院への往復を考えると5〜6時間も拘束される、
非人間的な生活時状態を死ぬまで続けていかなければならない。
老齢ならまだしも3,40代の人間がこんなことは耐えられないことです。
例え問題のある腎臓で、期間はわからないながらも昔の普段の生活に戻れるなら、
と考える患者いて、
またそれを痛切に感じる医師がいたとしても不思議はないと思います。
フィリピンの問題を、
貧困という社会問題として取り上げるのも当然のことだと思いましが、
透析患者個人が、この非人間的な拘束状態から脱却したいと渇望している、
というこの病気のことを少しでも知って頂きたくて、ブログに書いてみました。

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ラベル:透析 万波 腎臓 移植